【松山】センター名物☆利用者さんコラム3つ

皆さんこんにちは!
ウェルビー松山センター武智です!

まだまだ寒い日が続いておりますが、体調は如何でしょうか?

僕は愛媛名物でもある「みかん」を沢山食べ、ビタミンをたっぷり取っていますので元気に過ごせています☺
勿論、ビタミンだけを取っていれば良いというわけではありません!
バランスの良い食事を心掛けてしっかりと睡眠を取り、手洗いうがいなどの予防策を取る事が大切ですね☆

さて、松山センターでは1/17(金)に愛媛就業・生活支援センター(通称:ナカポツ)の所長の方に御来所頂きました。就業・生活支援センターでの役割をはじめ、愛媛における福祉関連の歴史等について教示頂きました!滅多に無い機会であり利用者さんだけではなく、我々職員も大変勉強になりました! ありがとうございました☆

今後、松山センターでは積極的に勉強会やイベントを行っていくので、是非少しでも興味があればお越しください☺ 皆さんにはブログを通じてお知らせをしたいと思います!お楽しみに✨
ここからは松山名物(?)利用者さんコラムをお届けしたいと思います

 

先ずはT.Mさんに去年松山センターで行った忘年会の振り返り記事を書いてもらいました☆

ウォーキング新コース採用そして実施しかし僕は不参加(情けない)
以前に書いた松山センターのウォーキング新コースが採用されて実施されました。しかし立案班の一人である僕は、情けないことに体調面を考慮して、不参加でした。コースは松山市にある愛媛県指定有形文化財『萬翠荘(ばんすいそう)』へ行くコースです。この「ばんすいそう」は歴史ある純フランス風建築物で、萬翠荘本館と管理人舎の2棟が国重要文化財に指定されていますその建造された時の話は大変ロマンティックなもので、心躍るようなものです。
できれば私は、いずれ彼女と二人で行きたいと思っています。
参加した立案者の人は、大変疲れたものの企画がうまく実行されてよかったと言っていました。一生懸命考えて、プランを立てて、採用されて上手くいくと大変うれしいものですね。利用者のほとんどが早く実社会でこの体験をしたいと思ったことでしょう。多くの利用者の願いが叶う日が早く来ることを心から願っています。今日もその日を思いながら一日のカリキュラムを実施しています。

 

T.Mさんありがとうございました!☆
萬翠荘コースのとても好評でしたね!とてもロマン溢れる建物で是非皆さんも愛媛に立ち寄った際は訪れてみて下さい☆

 

続いてはM.Yさんのコラムをお届けしたいと思います☆

こんにちは。M.Yです。

皆さん、最近寒いですが、体調はいかがですか?
体調が良くても、布団やコタツに潜りっぱなしではないですか?
冬にしか出来ない事、まだまだ沢山ありますよ。
少しだけでも、身体を動かしてみましょう。

さて今回は、私の少し難しい趣味をお伝えします。
それは、『ナンプレ』です。
『ナンプレ』はナンバープレスの略です。
聞いただけで、ピンッ!ときますかね。
私も、やったりやらなかったりなので、腕は不確かですが、
やっていて、出来た時はかなりの爽快感を感じます

それでは、本題に入ります。
『ナンプレ』とは、9×9のマス目があって、
9列・9行の中に1~9の数字が入ります。
更に小さな9マスにも1~9の数字が入ります。
この時、既に説いた数字や書いてある数字と答えが同じになってはいけません。
では、実際にやってみましょうか?

【松山】ナンプレ(利用者さんお手製)

『ナンプレ』は、書店や100円ショップにおいてあるので、
興味がわいたらやってみてください。
それでは、また…。

 

M.Yさんありがとうございました☆
ナンプレとても難しいですよね☺
でも、コンプリートした時の達成感を味わえたり脳トレにも持ってこいなので是非挑戦をしてみて下さい☺

 

では、最後に歴史サークル所属のK.Sさんに歴史コラムを書いて頂きました☆
どうぞご覧ください!

K.Sです。よろしくお願いします。

1452年 四月十五日 夜十時半頃 ヴィンチ村

「私の息子、セル・ピエロの息子、私の孫が1452年四月十五日土曜日夜三時(現在の夜10時)に生まれた。名前はリオナルド。ピエロ・ディ・バルトロメオ・ダ・ヴィンチ司祭が洗礼を授けた。」 以下洗礼に同席した名前を記入  リオナルド=レオナルド

この出生記録はアントニオおじさんが書きました。(セル・ピエロの父)
初孫のレオナルドの誕生日を喜び、生誕と日付けを自分の孫たちの出生記録の続きに書きました。この、記録は祖先のセル・グイード(アントニオの祖父)の仕事の記録長の空ページに書いた。1931年になり発見されたメモである。

サンタ・クローチェ教会を入るとすぐ右に、洗礼盤のある部屋があるのでそこでレオナルドは洗礼を受けたのではないかと思われる。

レオナルドの幼少期
彼は、庶子(親が正式に結婚せず生まれた子供)なため公証人にはなれませんでした。
理由は、公証人の条件に合法的な婚姻によって出生した。というのに当てはまらないからです。つまり、セル・ピエロの跡継ぎは不可能となります。もし合法的な婚姻によって出生したらこの世に「万能の天才」は存在しなかったと思います。
庶子はイタリア語でnaturale(ナトゥラーレ=自然)と呼ばれていました。
当時はあまり珍しくはなかったそうです。
レオナルドは、幼少期アントニオおじさん叔父フランチェスコに引き取られました。
彼らは、ニート気質で職につかずブラブラしてました。アントニオおじさんは、生涯一度も職についたことがありません。お金は、代々公証人の祖先のお金で暮らしていたそうです。
そんな二人に育てられたレオナルドは、自然と暮らしながらのんびりと生きていました。
その中で自然をスケッチしたりしていたそうです。自然の中で一番興味を持っていたのが
だとされています。彼は何故か、水の流れを鮮明に描いていたそうです。
それとこれは、彼の名言で私は、もしかしたらこの考えのおかげでレオナルドはよりレオナルドになったのではないかと考えています。それは、「あらゆるものは、他のあらゆるものと関連する。」です。
彼は、この考えからなのか大人になってからなんですが手稿で心臓の普通肉眼で見えない所を描きます。何故描けたかはだといわれています。後は、地動説も書いています。
彼は、本当の姿を見る目が凄いです。

次もレオナルドの幼少期どんな性格だったのか、どんな特技があったのか等紹介します。

 

 

K.Sさんありがとうございました☺

レオナルドダヴィンチの誕生について焦点を当てていて、生い立ちが良く分かりました☆
続編も楽しみにしております!
以上、松山センターからコラムを中心にお届けしました!
まだまだ寒い日が続きますが、寒さに負けず元気に過ごしていきましょうね☆

See You! “Stay Gold”

 

ウェルビー松山センター詳細
愛媛県松山市千舟町4-4-5 西田ビル 1階
伊予鉄道「松山市」駅 徒歩4分
電話番号:089-909-9952 
ウェルビー松山センター地図
詳しくは松山センター紹介ページをご覧ください。

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