就労移行支援で統合失調症のある方の職業準備性が向上した事例

芳川 美琴(ウェルビー株式会社 就労移行支援部 ウェルビー西川口センター 就労支援員)
田中 庸介(ウェルビー株式会社 就労移行支援部 スーパーバイザー)
※スタッフの概要は、学会発表時の情報です

1 問題と目的

自己効力感とはある状況で結果を達成するために必要な行動を上手くできることの予期1)とされている。一般的に精神障害者は自己評価が低く、自己効力感を高める支援の有効性が報告されている2)。自己効力感が高まると適切な問題解決行動に積極的になれること、困難な状況でも簡単にはあきらめず努力できること、身体的・心理的ストレス反応に対して適切に対処ができるとされている3)
厚生労働省の障害者雇用状況の集計結果では精神障害者の雇用率向上が例年報告されているが、就職後の職場定着率の低さが指摘されている4)。離職要因として精神障害に関する問題、就業意欲の低下などが報告されており5)、精神障害者の就労支援においても自己効力感を高めることが有効である可能性が考えられる。
精神症状は主観的なことが多く、日々の行動記録が有効である6)ことに加え、行動記録のフィードバックは望ましい行動の促進に繋がり自己効力感向上に寄与することからセルフモニタリングシートによる介入が有用な支援方法の1つだと考えられる。
本研究は、就労移行支援事業所を利用する精神障害者へのセルフモニタリングシートを活用した支援の有効性検討を目的とする。

2 方法

①対象

40代、女性、統合失調症、精神保健福祉手帳2級保有、訓練期間7ヶ月目で介入を開始。
導入時に、個人情報の管理方法、研究参加は自由意志であること、途中辞退による不利益はないことを説明し、同意を得ている。

②実施期間
セルフモニタリングシートを用いて2ヶ月間週1回面談で介入を実施した。

③介入手続き
セルフモニタリングを効果的に実施するには技法の併用が有効であることから、面談技法として目標設定法、ステップバイステップ法を用い、成功体験、励まし、評価、承認の関わりを実施した。

④効果測定

1)自己効力感の評価について

セルフモニタリングを用いて成功体験、励まし、評価、承認といった支援員の介入効果として自己効力感に影響を与えることが示されていること7)から指標として特性的自己効力感尺度8)を用いた。


2)セルフモニタリングの評価について

認知行動的セルフモニタリング尺度9)を用いた。


3)訓練継続について

通所・退所時に打刻されたタイムカードを用いて訓練日数・欠席数の推移を検討した。

3 結果

①自己効力感の評価について

初回は平均圏内(平均76.87点 SD±13.44)よりも低い得点(63点)であったが介入終了時には得点が平均圏内(70点)に向上し、介入終了2ヶ月後も平均圏内(72点)で維持されていた(図1)。


図1 特性的自己効力感尺度得点について
図1 特性的自己効力感尺度得点について

②セルフモニタリング評価について

初回から介入終了時の得点に大きな変化は見られず、介入終了2ヶ月後に得点が向上していた(図2)。


図2 認知行動的セルフモニタリング尺度得点について
図2 認知行動的セルフモニタリング尺度得点について

③訓練日数について

1週間の平均通所日数を換算したところ、介入前は週3日であったが介入中に週4日に増加し、介入終了2ヶ月後も週5日通所へ増加した(図3)。


図3 訓練日数の変化について
図3 訓練日数の変化について

④欠席数について

介入前、介入中、介入終了後2ヶ月においても欠席はなかった。

4 考察

本研究は、就労移行支援事業所に通所する精神障害者に対してセルフモニタリングシートを活用した支援の有効性検討を目的とした。
介入開始時に本人より幻聴が主な症状であり、自身の状態によって幻聴の影響が異なることが語られたが、どのような波があるのかなど自身の変化については把握できかねている様子であった。そこで、セルフモニタリングシートを活用して現在の状況とこれまでの経過(どのような症状が負担になってきたか、波はどのようにあらわれるか、どのように対処してきたかなど)を整理した。セルフモニタリングシートを継続して記入し、介入時に調子の良いときや不調時を振り返ることで4回目の介入時には「シートを記入することで自分の状態がわかりやすくなった」との発言が伺われた。また、面談技法を用いて個別支援計画に沿った毎週の目標を立てて訓練を進め、介入時に必ずセルフモニタリングシートを基に成功体験に結び付けること、励まし、評価、承認の関わりを繰り返したことが特性的自己効力感得点向上に寄与したと考えられ、先行研究と一致する。
認知行動的セルフモニタリング尺度得点については、介入終了2ヶ月後に向上が見られている。この点については、介入終了後に体調不良の訴えが強くなったが、介入中に整理した対処法を活用して回復に至った経緯があり、自己理解が深まった可能性が考えられる。自己効力感が高ければ、ストレスフルな状況に遭遇しても身体的・精神的な健康を損なわず、適切な対処行動や問題解決行動を実践できる5)ことが報告されており、2ヶ月間の介入によって自己効力感が向上したことが不調時に対処行動実践に寄与した可能性が考えられる。
介入終了2ヶ月後の面談では、セルフモニタリングシートに取り組んだことで「1日1日で自身の調子を見ていたが、1週間で見るようになった」「できると思ったときにやりすぎるとあとに響くことがわかった」など自身の障害への理解が深まった発言が伺われている。
本介入ではセルフモニタリングシートを本人が記入するだけでなく、支援員が記入されたシートを活用して成功体験に結び付ける、励ます、評価する、承認するなどの関わりを実践することで本人の自己効力感が高まっただけでなく、障害理解が深まるなど就労準備性が向上していると考えられる結果が得られた。先行研究では精神障害者に対する就労支援プログラムが確立されていないことが指摘されている10)ため、支援事例を積み重ねていくことで就労準備性を固める支援技法の1つとして確立していきたい。

引用文献

1)Bandura, A.:Self-efficacy,Toward a unifying theory of behavioral change,Psychological Review vol.84,p191-215(1983)
2)加藤悦子,岡山登代子,八壁満里子:分裂病患者に自己効力理論を用いた効果,日本精神科看護学会誌 vol42(1),p213-215(1999)
3)嶋田洋徳:セルフエフィカシーの臨床心理学,北大路書房 p47-57(2002)
4)倉知延章:精神障害者の雇用・就業をめぐる現状と展望,日本労働研究雑誌No.646,p.27-36(2014)
5)中川正俊:統合失調症の就労継続能力に関する研究,臨床精神医学vol.33,p193-200(2004)
6)野村照幸:問題行動によって措置入院を繰り返す統合失調症者におけるセルフモニタリングシートとクライシスプラン作成の実践,司法精神医学 vol.9,p30-35(2014)
7)上星浩子,岡美智代,高橋さつき他:慢性腎臓病教育におけるEASEプログラムの効果-ランダム化比較試験によるセルフマネジメントの検討-,日本看護科学会誌 vol32,p21-29(2012)
8)成田健一,下仲順子,河合千恵子,佐藤眞一,長田由紀子,:特性的自己効力感尺度の検討-生涯発達的利用の可能性を探る-,教育心理学研究 vol.43,p385-401(1995)
9)土田恭史:行動調整におけるセルフモニタリング-認知行動的セルフモニタリング尺度の作成-,目白大学心理学研究 vol.3,p85-93(2007)
10)山岡由美:精神障害のある人たちの就労移行における支援事業所の機能と課題-支援事業所へのヒアリング調査を通して-,岩手県立大学社会福祉学部紀要 vol.16,p.35-41(2014)


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