就労移行支援で躁状態の兆候に対処した事例

田中 庸介(ウェルビー株式会社 就労移行支援部 スーパーバイザー)
※スタッフの概要は、学会発表時の情報です

1 問題と目的

厚生労働省の障害者雇用状況の集計結果では精神障害者の雇用率向上が例年報告されている。一方、障害者職業総合センター1)によると、精神障害者の職場定着率は就労後3ヶ月で69.9%、就労後1年では49.3%と報告されており、精神障害者の離職率の高さが指摘されている2)。精神障害者の離職要因に関しては精神障害に関連する問題、就業意欲の低下3)などが報告されており、就労移行支援事業所での訓練継続の支障要因としても類似要因が指摘されている4)
精神症状は主観的なことが多く、日々の行動記録が有効である5)ことに加え、行動記録のフィードバックは望ましい行動の促進に繋がることからセルフモニタリングシートによる介入が有用な支援技法の1つだと考えられる。
本研究は、就労移行支援事業所においてセルフモニタリングシートを活用した支援の有効性検討を目的とする。

2 方法

①対象

40代、男性、双極性障害、精神保健福祉手帳3級保有、訓練期間10ヶ月目で介入を開始。
導入時に、個人情報の管理方法、研究参加は自由意志であること、途中辞退による不利益はないことを説明し、同意を得ている。

②実施期間
臨床心理士資格保有職員によってセルフモニタリングシートを用いて2ヶ月間週1回面談で介入を実施した。

③介入手続き
セルフモニタリングを効果的に実施するには技法の併用が有効であることから、面談技法として目標設定法、ステップバイステップ法を用い、成功体験、励まし、評価、承認の関わりを実施した。

④効果測定

1)セルフモニタリングの評価について

認知行動的セルフモニタリング尺度6)を用いた。


2)自己効力感の評価について

セルフモニタリングを用いた介入効果として自己効力感に影響を与えることが示されていること、自己効力感は精神的健康との関連が報告されていること7)から指標として特性的自己効力感尺度8)を用いた。


3)訓練継続について

通所・退所時に打刻されたタイムカードを用いて訓練日数・欠席数の推移を検討した。

3 結果

①セルフモニタリング評価について

初回から介入終了時に得点が上昇し、介入終了2ヶ月後まで得点が維持されていた(図1)。


図1 認知行動的セルフモニタリング尺度得点について
図1 認知行動的セルフモニタリング尺度得点について

②自己効力感の評価について

初回は平均圏内(平均80.03点 SD±13.62)よりも高い得点(99点)であったが介入終了時には得点が平均圏内(88点)に減少し、介入終了2ヶ月後も平均圏内(87点)で維持されていた(図2)。


図2 特性的自己効力感尺度得点について
図2 特性的自己効力感尺度得点について

③訓練日数について

1週間の平均通所日数を換算したところ、介入前は週4日であったが介入中に週5日に増加し、介入終了2ヶ月後も週5日通所が維持されていた(図3)。


図3 訓練日数の変化について
図3 訓練日数の変化について

④欠席数について

介入前には月に4回の欠席が見られたが、介入中は0回に減少し、介入終了2ヶ月後は月に1回であった。

4 考察

本研究は、就労移行支援事業所におけるセルフモニタリングシートを活用した支援の有効性検討を目的とした。
介入開始時にセルフモニタリングシートを活用して現在の状況とこれまでの経過(躁状態の兆候は何か、波はどのようにあらわれるか、どのように対処してきたかなど)を整理したところ、本人より「多弁になっている」「あれやこれやチャレンジしたくなっている」など躁状態の兆候が語られた。そこで、これまでの経過を踏まえて面談で対策を検討し実践を繰り返すことで、介入4回目には「セルフモニタリングシート記入によって自身を振り返ることができ、行動をセーブできている」との発言が伺われるようになった。さらに、介入終了時には「セルフモニタリングシートを基に1週間に1度振り返る機会を作ってもらったことで自分を客観的に見る力がついたと思う」とも語られている。
このように、利用者と支援者で記入されたセルフモニタリングシートの振り返り評価を繰り返した結果、自身の障害理解が深まり対処法の引き出しが増えたことで認知行動的セルフモニタリング尺度得点が向上したと考えられる。また、面談技法を用いて毎回無理のない範囲の目標設定で過活動にならないように調整したこと、面談で検討した対処法を実践して振り返ったことで特性的自己効力感尺度得点が平均圏外から平均圏内に減少、維持された可能性がある。日本うつ病学会双極性障害委員会の双極性障害(躁うつ病)とつきあうため9)によると①自分の今の気分の状態を良く知ること②生活のリズムを整えること③ストレスとの付き合い方を学ぶこと④これまでの経過を理解することなどが重要とされており、今回の介入と一致するため、通所継続に至った可能性が考えられる。
高すぎる自己効力感は躁状態など精神的健康への影響だけでなく、達成不可能な目標に固執させること10)やリスクが高すぎる選択を生むこと11)が指摘されているため、適切にセルフモニタリングシートの記入内容を評価することが重要である。本事例においては毎回の介入で本人の状態だけでなく実際の行動を評価したこと、再発予防に有効である心理教育12)を面談中に実施したことも有効であった可能性がある。適度に自己効力感が高ければストレスフルな状況に遭遇しても身体的・精神的な健康を損なわず、適切な対処行動や問題解決行動を実践できる13)ことが報告されているため、セルフモニタリングシートを用いて本人の状態を評価して支援することは有意義だと考えられる。
本研究の限界としては、有資格者が介入を実施していることが挙げられ、広く支援員が実践できる環境づくりが必要である。また、今後は本事例に留まらず支援事例を積み重ねていくことで就労支援の技法の1つとして確立していきたい。

引用文献

1)障害者職業総合センター:障害者の就業状況等に関する調査研究,調査研究報告書 №.137(2017)
2)倉知延章:精神障害者の雇用・就業をめぐる現状と展望,日本労働研究雑誌No.646,p.27-36(2014)
3)中川正俊:統合失調症の就労継続能力に関する研究,臨床精神医学vol.33,p193-200(2004)
4)橋本菊次郎:精神障害者の就労支援における精神保健福祉士の消極的態度についての研究(第一報)-就労移行支援事業所のPSWのインタビュー調査から-,北翔大学北方園学術情報センター年報 vol.4,p.45-57(2012)
5)野村照幸:問題行動によって措置入院を繰り返す統合失調症者におけるセルフモニタリングシートとクライシスプラン作成の実践,司法精神医学 vol.9,p30-35(2014)
6)土田恭史:行動調整におけるセルフモニタリング-認知行動的セルフモニタリング尺度の作成-,目白大学心理学研究 vol.3,p85-93(2007)
7)坂野雄二,東條光彦:一般性セルフ・エフィカシー尺度作成の試み,行動療法研究 vol12,p73-82(1986)
8)成田健一,下仲順子,河合千恵子,佐藤眞一,長田由紀子,:特性的自己効力感尺度の検討-生涯発達的利用の可能性を探る-,教育心理学研究 vol.43,p385-401(1995)
9)日本うつ病学会 双極性障害委員会:双極性障害(躁うつ病)とつきあうために ver7(2015)
10)Brandstadter, J.,& Renner, G:Tenacius goal pursuit and flexible goal adjustment: Explication and agerelated analysis of assimilative and accommodative strategies of coping,Psychology and Aging vol5,p58-67(1990)
11)Haaga & Stewart:Self-efficacy for recovery from a lapse after smoking cessation,Journal of Consulting and Clinical Psycholoty vol.60(1),p24-28(1992)
12)日本うつ病学会治療ガイドライン Ⅰ.双極性障害 2017
13)嶋田洋徳:セルフエフィカシーの臨床心理学,北大路書房 p47-57(2002)


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