仕事の模擬体験プログラム『企業実践』の提供方法に関する取り組み

高橋 亜矢子(ウェルビー株式会社 就労移行支援部支援開発係支援開発チーム チームリーダー)
太田 光(ウェルビー松戸第2センター)
藤原 英子(ウェルビー西船橋駅前センター)
沼部 真奈(ウェルビー松戸センター)
東海林 篤(ウェルビー新越谷駅前センター)
※スタッフの概要は、学会発表時の情報です

1 はじめに

就労移行支援事業所ウェルビーでは、通常訓練と企業実習の中間ステップとして2012年より仕事の模擬体験プログラム『企業実践』を実施している。提供に際し、企業での一般就労場面の業務・環境を再現することを重視しており、業務の完遂を目的に過程・方法を検討する経験を提供し、利用者が能力を発揮できるような関わりを意図的に行う。
一般に就労移行では利用者の就労準備性を高める目的で企業における体験実習を提供するが、当社センターにおいてこの『企業実践』は通常訓練と企業実習の中間ステップと位置付けている(図1)。利用者にとって、参加への心理的抵抗が少ないこと、他者と成長を共有できる機会であることが、企業実習にはないメリットである。


図1 企業実践の位置づけ
図1 企業実践の位置づけ

松為は職場にふさわしい役割行動をとることができるようになるため、発達の過程を通してさまざまな役割行動を継続的に学習する必要性を上げている1)。この『企業実践』は毎週1回、全国のウェルビーで同時に実施しており(図2)、利用者の役割行動の獲得を促す重要な機会として根付いている。
利用者の変化を目の当たりにする中で、業務上の役割を遂行し達成感を得る経験は、社会的な動機を形成するきっかけになると感じている。


図2 企業実践の実施枠
図2 企業実践の実施枠

2 実践の目的と背景

本実践の目的は、『企業実践』内における職員の標準的な関わり方とその狙いを整理することである。先にあげたとおり、企業実践のプログラムとしての目的は、以下2点に集約される。
① 他の訓練で習得したスキルを実際に活用する(強化・汎化の機会)
② 職場における強み・想定される課題について利用者本人が経験から理解を深め、解決行動を実践できる

※支援者は、『企業実践』を利用者の強みや職場で想定される課題をアセスメントする機会としている。 新規センターでの支援に際し新入職員がプログラムに関わる機会も増えている。有効な関わりを継続し①②を担保するため、慣例的に行ってきた運営について今一度整理の必要性を感じ、本実践を行うに至った。
以下、企業実践の枠組みに基づいた支援者の具体的関わりを明示し、経験や年次に関わらず継続的に提供できるよう試みた結果を報告する。また実践にともなう利用者への効果および、支援者の意識変化についてあわせて報告する。

3 方法・倫理的配慮

『企業実践』の進行をパート別に分析し、関わりの意図と要点を抽出した(図3)。その際、利用者の自己決定性を尊重し利用者が持つ適応の力や問題解決能力を育む関わりを重視した2)3)4)。また模擬的に業務・環境を再現する時間と、支持的な関わりの時間の割り当てを明確に区別した。関わりの方法を行動レベルで記載したチェックリストを作成した。


図3 『企業実践』のパートと介入の要点
図3 『企業実践』のパートと介入の要点


当社松戸第2センターにて2018年7月から8月にかけて3回にわたり『企業実践』に適用し、介入前後における職員及びケースの実践を記録した。参加利用者および職員には介入前後に自記式質問紙を配布して回収、さらに介入後に座談会で意見を求めた。
参加者である職員・利用者に対し、それぞれ事前オリエンテーションにて口頭案内し同意を得た。さらにケースに対し書面にて同意を得た。

4 結果

(1)利用者の取り組み結果

総参加者は20名(うち全日程参加者15名)であった。質問紙回収率は86%(13名)で、介入前後の変化について「効果の実感」で4名、「参加意欲」で7名、「満足度」について6名が上昇した(表1)。「企業実習への自信」については6名に上昇がみられた。項目により変化しなかった、またはマイナスの変化を呈したケースもあった。振り返り座談会の意見を表2に示す。


表1 自記式質問紙による調査結果(利用者)
表1 自記式質問紙による調査結果(利用者)

表2 利用者振り返り座談会・アンケートより

よかったこと・やりにくかったこと (意見の種類)
疲労度は高いが、実習の練習につながるためやりがいは感じた。(参加意欲の向上)
1回完結ではなく継続してひとつのプロジェクトを行うことによりいい練習になった。 /他の人との連絡やコミュニケーションを円滑にするために考えることを学んだ。/他の人が何に取り組んでいるか分かった、理解しようと心がけた。(視点の変化)
突発的な依頼が来ると、頭の中が混乱した。(過剰な負荷)/業務開始するまでの説明が長く感じた、業務に取り組む時間がもっとあるとよい。(進行への要望

企業実践プログラムをどう活用していきたいか
話し方など実践的なことをもっと身に着けたい。(スキルの学習・汎化)
7月に企業実習の機会があり、メモや自主的な報連相の大切さを改めて感じたので、企業実践で心がけるようにした。/自分の考え方の傾向などが仕事にどう影響してくるか知るきっかけにしたい。(想定される課題への対応)


さらに、個別のケースに対して『企業実践』の行動記録・介入の記録を行った。結果は図4の通りであった。


図4 個別ケースの記録1
図4 個別ケースの記録2
図4 個別ケースの記録

(2)職員への効果

参加職員5名の質問紙を集計した結果、「提供への自信」「効果の実感」について全員が介入後に向上した。「提供意欲」についても4名が上昇した(表)。意見交換の結果を表2に示す。


表3 自記式質問紙による調査結果(職員)
表3 自記式質問紙による調査結果(職員)

表4 職員・介入後の振り返りより

よかったこと・やりにくかったこと (意見の種類)
● ポジティブなフィードバックを意識したことでこれまで以上に利用者の強みに目が向くようになった。
● 仕事の“厳しさ”を経験できる要素は残しつつ、参加者のモチベーションが下がらないような関わりを模索していたが、今回の実践で指針ができた。
●  目標設定が具体的になり利用者・支援者が自覚的に取り組めた。またグループ内のコミュニケーションが回を追うごとに促進された。
● 企業実践にとどまらず、普段のプログラムから意図的な関わりの重要性を再認識する機会となった。

5 考察

(1)個別目標の焦点化について

『企業実践』では業務の遂行を通じて達成したい個別の参加目標を設定している。先に上げた①②のどこに目的を置くか、幅広い就労スキルのなかから何を抽出するかといった焦点化が必要であり、支援者側も本人の取り組みをどう把握するかが課題であった。今回、個別目標設定の手順を策定したことで、支援者、利用者それぞれから参加目標を焦点化・共有しやすくなったとの発言があった。
例えばケースA氏の場合、面談時の発言より、当初の参加動機は“専門的な業務の模擬体験をしたい“であり、提供目的と差異があった。
枠組みに沿った介入を行った結果、A氏は意義の共有のパートを通じて、参加動機を業種・職種を問わず活用できるスキルの習得に再設定した。さらに業務指示のパートで業務の目的・背景を明示したところ、求められる成果に合致した行動目標を自己決定することができた。
目標の修正・再設定のための働きかけにより、A氏の持っていた能力が企業実践内で発揮されるようになったと考える。

(2)ポジティブフィードバックと集団の活用について

正のフィードバックによる強化は望ましい行動の学習を促す基本的なアプローチである。また支援者が利用者の成功や目標に向かって注いだ努力について言及することは肯定的なエネルギーを高める4)。肯定的な風土のグループではメンバーは自他を理解し、メンバー同士で目標に向かって進もうとする4)。本実践を介し、回を追うごとに肯定的な風土のグループが作られ、メンバー同士でアドバイスしあうことができるようになっていった。
例えばB氏について介入前、振り返り時に発言はみられず、職員が問いかけた際も自身の課題のみに着目した発言が続いていた。
まず個別目標の振り返りパートで支援者からはポジティブなフィードバックを行い、参加メンバーからも修正フィードバックとして具体的なアドバイスを受けられるように関わった。それにより回を重ねるごとに個人の目標達成を後押しする肯定的なグループが作られ、B氏にとって失敗を恐れず安心してスキルを試すことができる場となっていった。
結果、企業実践内の行動の変化に加え「企業実習でうまくできる自信」のポイントが上昇している。職員の関わりによって、できたという主観的な体験が強まったこと、成功体験を共有できたことが一因と考える。

(3)職員の関わりについて今後の課題

職員の標準的な関わりについて、本実践により整理したが、いくつかの課題が残る結果となった。
まず利用者によっては、介入後の変化に対する不安、戸惑いなどを払しょくする充分な期間がなかったことが伺えた。特に就労未経験者や変化に敏感な利用者に対し、充分な導入期間の設定や段階的なプロセスを明示することでより安心して参加できる場にしたいと考えている。
さらに、利用者にかかる負荷量を把握し、個別目標に取り組む充分な余裕がもてるよう調整の必要がある。グループや利用者に応じた業務の難易度設定や、業務指示パートでの指示の具体性について整理を行っていく。
『企業実践』が利用者の就労後のよりよい職業生活につながるよう、前後の訓練、企業実習と連続性を持たせるプロセスについても実践を重ね、有効な方法を抽出していきたい。

6 謝辞

本実践に際し、ご協力いただいた利用者の皆様へ心より御礼申し上げます。

【参考文献】
1) 松為信雄:職業リハビリテーションの視点と課題.総合リハ45(2017)
2)芝野松次郎:社会福祉実践モデル開発の理論と実際,有斐閣(2002)
3)柳澤孝主ら編:相談援助の理論と方法I,弘文堂(2014)
4)Wagner,C.& Imgersoll,K.:グループにおける動機づけ面接,誠信書房(2017)


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